第14章 近代の産業と生活

市民生活の変容と大衆文化
─ 大戦景気から都市化と新たな生活文化へ

明治期の都市では鉄道・電灯・路面電車などが普及し、デパートが登場して生活様式が変化しました。
第一次世界大戦は日本に空前の好景気をもたらし、重化学工業化と都市化が急速に進みました。
大正期には新聞・雑誌・ラジオの普及やサラリーマン層の拡大により、大衆文化が花開きました。

明治期の生活様式の変化

明治になると都市部を中心に、官庁・会社・学校・軍隊で、ガラス窓のある建物で机・椅子を使用し、洋服を着て定められた時刻通りに行動する西洋風の生活習慣が取り入れられました。

1870年代には都市ガスによるガス灯が用いられるようになり、1880年代末には電灯が実用化されました。1880年代には鉄道馬車が走り、1890年代には京都で路面電車が開通し、近代的な水道も整備されました。

1900年前後からは路面電車が普及するとともに、大手呉服店がアメリカのデパートメントストアにならってデパート型の小売を開始しました。人口10万人以上の都市の住民は1890年には総人口の6%にすぎませんでしたが、1908年には11%に増加しました。

一方、地方の農漁村では石油ランプの普及や洋装の駐在巡査が見られるようになった程度で、日常生活に大きな変化はなく、旧暦も並行して使われ続けました。

ここが問われる: 明治の生活近代化 時系列

1870年代:ガス灯の普及(都市)
1880年代:鉄道馬車の登場、電灯の実用化
1890年代:路面電車の開通(京都)、水道の整備
1900年前後:デパートの登場
都市と農村の二重構造:都市の近代化 vs. 農村の伝統的生活

大戦景気と重化学工業化

日本経済は明治末期から不況におちいっていましたが、第一次世界大戦は戦場から遠く離れた日本に空前の好景気をもたらしました(大戦景気)。日本は連合国に軍需品や食料品を、ヨーロッパ列強が後退したアジア市場に綿織物を、アメリカには生糸などを輸出し、貿易は大幅な輸出超過となりました。

世界的な船舶不足を背景に海運業造船業は空前の好況となり、「船成金」と呼ばれる新興富裕層が登場しました。第一次世界大戦は日本の重化学工業化が進むきっかけとなり、化学工業・機械工業・電力事業が急成長しました。

しかし大戦終了後の1920(大正9)年には、大戦景気の反動として深刻な不況がおこりました(戦後恐慌)。

大戦景気がおきたのか
ヨーロッパ列強が戦争に没頭し、アジア市場から後退した
日本がその空白を埋めて綿織物などを輸出し、連合国に軍需品も供給
世界的な船舶不足で海運・造船業が空前の好況に
貿易は大幅な輸出超過となり、重化学工業化が進んだ

都市化と新中間層の拡大

大戦景気を経て工業化と都市化が急速に進み、都市人口が著しく増加しました。会社員・銀行員・公務員などの俸給生活者(サラリーマン)を中心とする新中間層が拡大し、彼らは郊外の住宅地に住み、電車で通勤する生活スタイルを確立しました。

都市では洋食洋装が広がり、トンカツやカレーライスのような洋食が普及しました。タイピストや電話交換手などの仕事をもつ女性も現れ、職業婦人と呼ばれました。都市の消費文化を象徴するモダンガールモダンボーイと呼ばれる若者も現れました。

メディアの発達と大衆文化

新聞や雑誌の発行部数は飛躍的に伸びました。大正末期には発行部数100万部をこえる新聞が現れ、『中央公論』や『改造』などの総合雑誌も急速に発展しました。昭和に入ると大衆娯楽雑誌『キング』の発行部数も100万部をこえました。1925(大正14)年にはラジオ放送が開始され、情報の大衆化が一気に進みました。

『現代日本文学全集』などの円本や岩波文庫が登場し、低価格・大量出版の先駆けとなりました。映画は活動写真と呼ばれ、大正期には大衆娯楽として発展し、日活や松竹などの映画会社が国産映画の制作に乗り出しました。スポーツでは全国中等学校優勝野球大会や東京六大学野球などが人気を集めました。

ここが問われる: 大正期の大衆文化 列挙

メディア:新聞の大衆化、総合雑誌(中央公論・改造)、ラジオ放送(1925年)
出版:円本(1円全集)の普及
娯楽:映画(活動写真)、野球
生活:サラリーマン・職業婦人・モダンガール・モダンボーイの登場

大正期の学問と文芸

1918(大正7)年に大学令が公布され、帝国大学以外の官公立大学や私立大学も認められて高等教育が拡大しました。哲学では西田幾多郎が独自の哲学体系を築き、歴史学では津田左右吉が実証的な古代史研究を進めました。

文学では白樺派武者小路実篤志賀直哉)が人道主義・理想主義を掲げ、芥川龍之介らの新思潮派も活躍しました。プロレタリア文学も台頭し、小林多喜二らが労働者・農民の生活を描きました。

この記事のつながり

明治期の文明開化に始まる生活様式の近代化は、第一次世界大戦の大戦景気を経て急速に進みました。都市化と新中間層の拡大、メディアの発達によって大衆文化が花開き、現代日本の生活文化の原型が形成されました。

  • ← 14-2 近代文化の発達:明治の文化的基盤の上に大正の大衆文化が開花
  • 大戦景気 → 都市化:工業化と人口の都市集中が新中間層を生み出した
  • メディアの発達 → 大衆文化:新聞・雑誌・ラジオが文化の大衆化を促進
  • 新中間層 → 消費文化:サラリーマン層の拡大がデパート・映画など消費文化を支えた
  • → 15-1 恐慌の時代:昭和初期の恐慌と軍部の台頭へ

まとめ

  • 明治期にはガス灯電灯路面電車デパートなど都市の近代化が進んだが、農村との格差は大きかった
  • 大戦景気で輸出超過となり、重化学工業化が進展した
  • 都市化の進展でサラリーマンなどの新中間層が拡大した
  • タイピスト・電話交換手などの職業婦人モダンガールモダンボーイが登場した
  • 新聞・雑誌・ラジオ放送(1925年)の普及で大衆文化が花開いた
  • 白樺派の人道主義文学やプロレタリア文学が登場した
この節を100字で要約すると

明治期の都市近代化を経て、大戦景気で重化学工業化と都市化が急速に進んだ。サラリーマン層の拡大とメディアの発達で大衆文化が花開き、洋食・映画・ラジオなど現代日本の生活文化の原型が形成された。

穴埋め・一問一答

Q1. 第一次世界大戦が日本にもたらした好景気を何というか。また、その主な要因を答えよ。

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大戦景気。ヨーロッパ列強がアジア市場から後退し、日本が代わって綿織物・軍需品などを輸出して大幅な輸出超過となったため。

Q2. 大正期に拡大した、会社員・銀行員・公務員などの俸給生活者層を何というか。

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新中間層サラリーマン層)。郊外の住宅地から電車で通勤するスタイルが広がった。

Q3. 1925年に開始された、大衆への情報伝達手段として大きな役割を果たしたメディアを答えよ。

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ラジオ放送

Q4. 白樺派の代表的な作家を2名挙げよ。

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武者小路実篤志賀直哉。人道主義・理想主義を掲げた。

Q5. 大戦景気後の1920年におきた不況を何というか。

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戦後恐慌。大戦景気の反動として発生した。

アウトプット演習

問1 A 基礎 説明

第一次世界大戦が日本の経済と社会に与えた影響を、大戦景気・都市化・大衆文化に着目して説明せよ。

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解答

第一次世界大戦によりヨーロッパ列強がアジア市場から後退すると、日本は連合国への軍需品供給やアジアへの綿織物輸出で大幅な輸出超過となり、空前の大戦景気を迎えた。重化学工業化が進み、工場労働者が増加して都市人口が急増した。サラリーマンなどの新中間層が拡大し、洋食・洋装が広がるとともに、新聞・雑誌・ラジオの普及で大衆文化が花開いた。映画が大衆娯楽として発展し、モダンガール・モダンボーイに象徴される消費文化が都市に登場した。